「ここが家でしょ?」「もう帰ってるよ」
そんな言葉が通じないことに、介護をする家族は大きな戸惑いを感じるでしょう。
本人は確かに自宅にいるのに、それでも「家に帰りたい」と繰り返す。
この状態は、認知症介護における“あるある”の一つであり、いわゆる「帰宅願望」と呼ばれる症状です。
この“願い”に理屈で対応してもうまくいかないどころか、本人を興奮させ、場合によっては外へ出ようとしたり、徘徊につながることさえあります。
しかし、適切に向き合えばこの状況はやわらぎ、本人も家族も穏やかに過ごせるようになります。
この記事では、帰宅願望がなぜ起こるのか、その心理的背景とやってはいけないNG対応、家族がすぐに実践できる5つの対応策、そして徘徊リスクへの備えと相談窓口まで、わかりやすく紹介します。
「帰宅願望」はどうして起こる?その心理的背景

● 見当識障害による「場所の混乱」
認知症の進行により、時間や場所、人の認識が曖昧になる「見当識障害」が起こります。
そのため、今いる場所が自分の“家”だと認識できず、「帰らなきゃ」と思い込んでしまうのです。
● 安心・愛着への欲求
“家に帰りたい”という気持ちは、実は「安心したい」「落ち着きたい」という心の叫び。
昔住んでいた家や、子どものころの思い出の中にある“本当の家”に帰ろうとしていることもあります。
● 孤独感・役割喪失による不安
介護される立場にあることが、自分の存在意義を揺るがすことも。
「ここにいても何の役にも立てていない」と感じると、“家に帰る”ことで安心と自分の役割を再確認しようとします。
● 夕暮れ症候群の影響
夕方になると不安や焦燥感が強まる「夕暮れ症候群」も、帰宅願望を引き起こす要因の一つです。
周囲が暗くなることで「こんな時間に家にいないといけない」と感じてしまうことがあります。

こんな対応は逆効果!やってはいけないNG行動
「ここが家でしょ!」と正論で説得
認知症の人にとって“現実”は必ずしも共有されていません。
どれだけ正論を並べても、本人の不安を取り除くことにはつながらず、余計に混乱してしまいます。
扉を閉じて物理的に止める
玄関に鍵をかけたり、無理やり引き留めたりすることは、本人にとっては“閉じ込められた”感覚になります。
これが怒りやパニック、暴力的行動につながるリスクもあります。
嘘でごまかす
「今日はバスが来ないよ」「鍵がなくて出られない」といった嘘は、一時的にしのげたとしても信頼関係を損ねます。
あとで矛盾に気づいたとき、逆に不信感が強まることもあります。
家族ができる具体的対応法5選【実践的アドバイス】
対応策 | 目的 | ポイント |
---|---|---|
① 散歩に誘って気分転換 | 気分の切り替え | 「コンビニ行こう」「桜が咲いてるか見に行こう」など、具体的な口実をつけて外に出ると、自然に落ち着く場合があります。 |
② 少し離れて付き添う | 自立心を尊重 | 一人で歩きたい欲求を否定せず、数メートル後ろを静かに見守ることで安心してもらえます。 |
③ 回想法で安心を引き出す | 昔の記憶に寄り添う | 昔のアルバム、懐かしい音楽や食べ物など、“懐かしいもの”に触れることで、不安がやわらぐことがあります。 |
④ 役割を与える(擬似家事) | 存在価値の再確認 | 洗濯物をたたむ、タオルを並べるなど“家での仕事”を頼むことで、「自分の場所はここだ」と思えるようになります。 |
⑤ 見守り機器の活用 | 徘徊リスク管理 | GPS付きの靴やタグ、ドア開閉センサーなどで、外出を完全に制限せずに安全を確保できます。 |
いずれも、“本人の気持ちに寄り添う”ことが大前提です。
強制や否定ではなく、代わりの行動に自然と誘導する形がポイントです。

徘徊につながるリスク管理もしっかりと
在宅介護では
- ドア開閉センサーを設置し、スマホに通知
- 外出しやすい時間帯に見守りを強化
- ご近所にも「もし○○さんを見かけたら」と声かけ協力をお願いする
ショートステイや施設利用時は
- スタッフ間で「帰宅願望が強い時間帯」を共有
- 外に出たがる前に、別の作業や会話で注意をそらす
- 「行ってらっしゃい」と言って一緒に外に出て、敷地内を散歩するという柔軟な対応も◎
GPSやICT(情報通信技術)の技術は進化しており、位置情報と連動した通知サービスを活用すれば、いざというときの安心感が高まります。
家族だけで抱え込まない:相談できる窓口一覧
介護者が疲弊してしまえば、介護の継続は難しくなります。
心が折れる前に、次のような支援機関を利用しましょう。
- 地域包括支援センター
介護保険の相談窓口。
ショートステイやデイサービスの調整もしてくれます。 - 認知症カフェ・家族会
同じ悩みを持つ家族同士で話すだけでも、安心感や新しいヒントが得られます。 - 医療機関(かかりつけ医・認知症専門医)
場合によっては薬物による不安症状の緩和も検討されます。 - 24時間介護ホットライン
徘徊や夜間の困りごとなど、緊急時に専門家へ相談できる体制が整っています。
まとめ
「家に帰りたい」という言葉の裏にあるのは、“今ここにいること”への不安と違和感です。
決してわがままではなく、認知症の症状による“心の叫び”とも言えるものです。
大切なのは、否定せずに気持ちを受けとめること。
そして、“代わりの行動”を提案して自然に気分を切り替えること。
小さな外出、懐かしい話、家の中での役割づくり。
これらの積み重ねが、本人に「ここで大丈夫」と思ってもらえる環境を整えていきます。
そして、家族が疲れ切ってしまう前に、地域や専門職の力を借りることも大切です。
介護は一人で抱え込むものではありません。
本人も介護者も、共に“安心して暮らせる場所”をつくるために、やわらかく・温かく・無理なく対応していきましょう。